「倒れるといけないから」2011年3月 大震災のときのこと

那須のホテルで作品展と茶会を頼まれていた。窯出しを終え、作品を選び出し、家内と和紙のナンバーシールを貼っているときのことだった。ずずんと地響きがして横に大きな揺れが来た。普通の揺れではない。二人は裏口から外に飛び出した。揺れは続き、立っていられず、たまりかねて座り込むほどの揺れとなった。地面が前後に重くゆらーと大きく揺れていた。家が壊れるかと思った。これ以上揺れたら、ようやく造った茶室も壊れると思った。

地震が小止みとなった時私は室内に戻り、愛蔵の茶器を箪笥から取り出してまた外に出た。

イエズス会紋章の南蛮中次。桃山時代と東博で認定を受けたもので、我が家の家宝というべきものであるが、資料としても失ってはならぬものと思っていたものである。持ち出してきたもののどこに置いたらよいかわからず、うろうろしていたと家内は言う。

ようやく地震が静まった。家は壊れなかったが、何が起きたのか、どの程度のものか何もわからない。部屋に戻ると茶入れが畳の上で転がっていた。個展が近いからともかく準備を進めないわけにはゆかない。茶入れを起こし作業を続けはじめたように思う。

どのくらいしてからか仕事場に様子を見に行った家内が戻ってきて、「あなた、作品を倒しておいたの?」と尋ねる。何を言っているのか分からなかった。作品が倒れている。しかし地震で倒れたにしては整然としているので私が倒したのか尋ねたのであった。 

私は未曽有の大揺れの後だからすぐに思い出せなかったが、そういえば選出したものを種類別に並べているとき小倉など伊賀ものの縦長の花入など確かに何点かを横にしたのを思い出した。「うん。倒れるといけないと思って倒しておいたよ・・・」

「本当に?」と家内は驚きながらも、信じられないという口調であった。

自分でもどうして倒したのか分からない。「倒れるといけないから」、と思ったことを思い出した。それで花入れも無事であった。

茶入の方は作業が細かいので 住まいで作業を行っていた。ナンバーを貼っているとき、貼り終えたものから飾り棚の天板の上に置いていったのだが、「落ちると危ない」と思って畳の上に降ろし、残りのものも畳の上に置いていった。シールをほぼ張り終えたころ地震が来た。軽くて底の小さい茶入れはほとんど転がったていたが、棚上から落ちることもなく、畳の上であったので皆無事であった。

丈の高い花入れは倒れないように、茶入れは落ちないように、割れないように対策をとった。茶入だけであれば、たまたま危ない思ったことかと思えるが、花入れは仕事場で別の時に倒しておいた。これ以前にそんなことはしたことがないのである。その直後に地震が来るとは考えもしないことであった。

その後電気電話が復旧すると多くの方々から電話がかかってきた。「窯は大丈夫か?!」。

何で皆が心配してくれるのか分からなかった。テレビで益子の窯が壊滅状態であることが報じられたせいであることが分かったが、我が家にはテレビがないのでそのことも知らなかった。ようやく窯の点検に行ったほどであった。立っていられないほどの揺れであったが、住まいにも窯場にも異常はなかった。茶室は廊下の二方面が矩になっており筋交いもないのに、壁にひびも入らず無事であった。

次第にこの一帯だけが被害が少なかったことが分かってきた。地盤マップでも茂木町は日本三大最強地盤の地帯で、ことにこの那珂川両岸は河も削り残した岩盤地帯であったのだ。イエス様が家は岩の上に建てるように言われたが、この住まいと窯は、まさに岩盤の上に建てられていたのであった。神はこの岩盤の地に導いてくださったのである。

椿 記

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